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定時で帰ってもいいじゃない (定時とは哲学である)

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最近の日本では、「残業は悪」という意見が強い。

経営者や管理職の立場から見れば、会社の売り上げのために社員に残業を強いる「必要悪」であり、社員の立場からすれば、早く帰りたいのに帰れない「絶対悪」である。

ただし、一般的に日本人は勤勉であると言われており、仕事は真面目にこなす姿はまさにサラリーマン戦士であり、バブル期には「24時間働けますか」などという歌が流行るほど、日本人は仕事が好きだった。

では何故、今の世の中では残業に対するモチベーションが低下しているのだろうか。

 

24時間働いてやろうというビジネスマンは減り、今クールでは「定時で帰るヒロイン」を取り上げたドラマが人気のようである。 

www.tbs.co.jp

「定時で帰る」ことをテーマにしたドラマとは随分と奇抜だか、それだけ長時間労働に対する社会の不満が大きくなっていることの表れだろう。

「定時」と言っているのに、定時に帰ることを高らかに宣言しなければならない。定時で帰れば後ろ指をさされる。定時に帰るなんて夢のまた夢・・・。

我々は、「定時とは何か」という非常に哲学的な疑問に囚われている。

 

ここで断っておくが、私は定時帰宅賛成派で、長時間労働反対派である。

 

残業に対する社会の不満が爆発している理由は、簡単に言えば「カネ」の問題である。

日本のサラリーマンの多くは「定額制」と呼ばれる賃金体系によって雇用されている。これは時給、日給、月給、年俸など、労働に対する対価がある程度固定されている賃金体系で、企業のおよそ99%が定額制を採用している。そのうち月給制を採用しているのは企業全体の94%である。定額制以外の賃金体系では「出来高払い制」というものがあり、これは全体の4.6%の企業が採用している (重複採用あり)。

平成26年就労条件総合調査結果の概況|厚生労働省

一般に「定額制」の賃金体系であっても、各種手当の支給があったり、時間外労働 (残業) に対する補償があるほか、営業成績や勤務態度等によるボーナス査定によって、年間合計の報酬額は調整される。ただし、基本的な収入 (基本給) は固定されているので、収入の安定性が確保できるメリットがある。

 

では日本人は平均的にどのくらいの報酬を得ているのかを見てみよう。

平成30年 (2018年) の厚生労働省統計では、就労者全体の平均賃金は30万6200円で、平均年齢42.9歳とある。男女合計の平均であり、賃金は男性の方が高い。また賃金は基本給だけではなく諸手当・残業代などを含む総支給額で、年金や保険料などの天引き前の額面である。賞与は含まれていない。

学部・院卒の社員に限ると、平均賃金は40万500円、平均年齢は42.4歳となる。

平成30年賃金構造基本統計調査 結果の概況|厚生労働省

では基本給はいくらなのか、というと、平均的な基本給のデータは見つからないが、新入社員の初任給の統計データがあったのでこれを参考としたい。平成30年 (2018年) の統計では、学部卒の男女平均の初任給は20万6700円である。2005年からの13年間で1万2800円増加しており、年率では平均0.4%上昇している。

平成30年賃金構造基本統計調査結果(初任給)の概況|厚生労働省

新入社員の初任給だから手当や残業代は含まれていないので、これが一般的な基本給と見ていいだろう。 42歳の大卒平均賃金が40万であるから、22歳の学部卒新入社員は、20年間で約20万円の昇給を得ていることになる。

 

手当や残業代を含んで月収が40万円ということは手取りで34~35万円程度になるが、40代前半と言えば、家庭を持ち子育てをする人が多い世代であり、条件にもよるがこの給与では贅沢生活は少々厳しいかもしれないが、平均的な生活はできるだろう。

ただし注意しなければならないのは、平均賃金には残業代が含まれている、ということである。「定時で帰ります」と言ってまだ明るいうちに会社を出れば、その分の残業代は得られない。当然支給される賃金は低下し、生活の余裕はなくなってしまう。

仮に基本給が30万円とすると、月20時間の残業をした場合、一般的には5万円弱の残業代が発生する。残業がない代わりに月5万円の収入が減ることは、生活へのインパクトは相当大きい。

つまるところ、今の多くの日本人にとって、残業はできるだけしたくない、定時に帰りたいと思っていても、残業がなければ生活が苦しい。だから仕方なく残業をしている、という人も多いはずである。ただしこれは、勤務先がちゃんと残業代を支払ってくれる場合にのみ成立する話である。

 

今の世の中、サービス残業を強制するブラック企業の話題には事欠かないが、労働に対する対価が支払えない会社は、その存在価値はないと言ってよい。報酬を支払わず、社員をタダ働きさせるのは強制労働もいいところで、労働力の搾取に他ならない。

本来、労働によって利益が創出されるからこそ労働の需要があるのであり、その利益のための労働に対して報酬を支払うものである。社員が残業をすればそのだけ会社の利益が伸びる、だから社員に残業を指示する。これが健全な形である。サービス残業しなければ利益が出ないという会社は、そもそもビジネスモデルが破綻しているので、経営者は相当無能である。即刻マーケットから退場していただくのが良い。

例えば、多くの会社は標準労働時間8時間で社員の労働力を活用しながら期待する利益を創出している。「8時間=期待利益」これが基本である。プラス残業4時間で期待利益を150%まで伸ばしたいから残業代を支払って社員に残業してもらう。これは経営的には正しい判断である (社員の労務管理はまた別の問題)。

これがサービス残業4時間、合計労働時間12時間でなければ期待利益が出ないのであれば、労働効率は66%しかない。それは仕事の作り方が間違っているということである。上司が帰らないから先に退社できないという謎の風習によって、やることもないのに会社に拘束されている若手社員も、4時間分の残業代が出たとしても労働効率は66%である。日本の労働生産性が低いのはこれが原因である。

もし期待利益が先に決まっていて、その業務が明確なのであれば、賃金体系を月給制ではなく出来高制にすれば簡単な話だ。業務委託契約に近い形態だが、社員を時間ではなく仕事で縛る契約にしてしまえば、残業代も勤務時間の概念も不要になる。でも多くの企業はこれを採用していない。

 

冒頭の「24時間働けますか」の時代には、働けば働くだけ利益が生まれ、残業代がしっかり支払われて生活水準が向上する、という、健全な労働とカネの関係があり、明るい未来がその先にあると信じられていた。

会社は儲けまくって笑いが止まらず、ボーナスが12か月分出るとか、年20%の定期昇給とか、無理に残業をしなくても家族を養うことができた時代である。「5時から男」とか言って、5時に定時退社して明るいうちから街で酒を飲み遊び歩く、ということができたのである。

しかし現在は違う。定時に退社したら収入は減り生活は厳しくなる。

定時に帰れる職場ならまだマシ。利益も生まない残業に付き合わされるのは地獄だけど、残業代が出るなら我慢できるか。いや、残業代なんてこの世に存在する?

みんなこんなことを考えて、日々汲々と生きている。

 

今年度の新入社員の傾向は「定時に帰りたい」世代のようだ。

blogos.com

「定時に帰れて、十分な報酬が得られる」

そんな夢のような職場も、実際には存在するし、働き方改革の旗印の下で、少しずつこうした就労環境を実現しようとする企業も増えている。定時は定時であり、会社は定時の間に社員をうまくコントロールして業務を遂行し、利益を上げなければならない。

今までは社員の労働力で乗り切ってきた感があったが、実際には経営の無能さによって生まれる悪夢であるケースが多いのだから、会社や経営者が変わらなければ、働き方改革など実現できない。少しずつ働きやすい職場が増え、定時に帰っても豊かな生活が送れる社会になっていけば、とつくづく思う。

ただ、記事にあるような「楽しくてやりがいのある仕事」「優しく指導をする上司」というような新入社員の希望がすべて揃っている職場は、ホワイト企業を見つけるよりも難しいかもしれないが。

 

今、定時で帰ることができないと嘆く皆様におかれましては、一度、自身の給与明細を確認していただき、毎日定時で退社すると仮定した場合の収入を把握し、生活が維持できるかどうかを検討した上で、定時退社願います。

 

それでは。これから次の出張先へと飛びます。