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スリランカでのテロ事件をうけて

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 昨日4月21日、南アジアの島国スリランカで同時多発爆弾テロ事件が発生し、200人以上の方が亡くなったと報じられている。そのうちの1人は日本人とのことである。

www.afpbb.com

 

 

スリランカという国

スリランカは、インドの南に浮かぶ涙型の島国で、東京から中心都市のコロンボまでは6,890km (NRT-CMB)、直行便で約9時間の距離である。東京-ホノルル (6,130km, NRT-HNL) より少し遠い感じである。

日本人にとってはあまり馴染みのない国かもしれないが、現在26,000人以上 (2018年6月現在、法務省統計) のスリランカ人が日本で生活している。スリランカを走る自動車の9割が日本製の中古と言われており、第二次世界大戦後の1951年、サンフランシスコ講和会議において対日賠償請求権を放棄し、連合国による日本の分割統治の危機から救ったのはスリランカの初代大統領であるジャワルダナ氏であることは、もっと広く知られていい史実である。

法務省:【在留外国人統計(旧登録外国人統計)統計表】

日本を分割統治から救ったスリランカ初代大統領J.R.ジャヤワルダナの名演説 – FRONE

つい10年前までは、それまで約20年続いた反政府ゲリラ「タミル・イーラム解放のトラ(LTTE)」との内戦状態にあったが、2009年の内戦終了後は治安の少しずつ安定し、日本からの観光客も年間約5万人までに回復してきている。

訪スリランカ日本人観光客数8年連続の増加 | スリランカ観光情報サイト Spice Up(スパイスアップ)

古代都市シーギリヤやゴール要塞など、8つの世界遺産があり、わずか1時間のフライトでモルディブのマレにアクセスできることから、日本からはスリランカモルディブの周遊ツアーが人気のようである (日本からモルディブへの直行便はなく、多くの旅行者はコロンボ経由でマレに向かう)。

首都は長い名前で有名な「スリジャヤワルダナプラコッテ」だが、実は最大都市コロンボと連続した市街地の一地区のような場所にあり、政府機関が置かれているだけのため、旅行者にとっては今もコロンボスリランカの中心である。

スリランカに住んでみて

実は私は、3年ほど前まで、仕事の都合で2年間スリランカに駐在していた。

国内最大都市コロンボの郊外に住み、今回爆発事件の舞台となった「シナモン・グランド・コロンボ」にも何度か行ったことがある。

コロンボ市街地は「フォート」と呼ばれるインド洋に面した海岸沿いの地区が中心街で、フォートには鉄道駅があり、外資系高級ホテル、政府・公的機関が集まり、新しい近代的な街並みとイギリス植民地時代からの歴史的な建物が混在している。コロンボは発展と歴史の混沌の只中にある。

スリランカは全般に治安が良いと言われているが、住んでみると、同じく治安の安定している東南アジア諸国とは異なる違和感を感じることが多かった。

スリランカにおける治安は、報道や統計からは分析できない、国民的なリスクが潜在的にあり、今回の爆弾テロ事件はそれに起因したものではないかと個人的には考えている。

スリランカの治安リスク (民族・宗教・社会的地位)

スリランカの国民は、大きく分けると3民族で構成されている。

仏教徒が多い原住のシンハラ人、インド系でヒンドゥー教徒が多いタミル人、イスラム教徒が多いムーア人 (ムスリム) の3民族である。

先の内戦は、シンハラ人とタミル人の戦いであったが、内戦終結後は民族間の平等が謳われ、公には差別は禁止されているが、実際にはタミル人は公職や大企業には就職することが困難な状況にあり、社会的に差別的な抑圧されているのが現状である。

またスリランカ国民は、大多数の仏教徒のほか、イスラム教、ヒンドゥー教キリスト教の信者も多数おり、それぞれが独自の寺院や教会、モスクを設けて宗教活動を行っている。スリランカは信教の自由が保障されているものの、それぞれの宗教施設は地区を分けて一定の距離を保って設置されており、同じ地区でも「仏教エリア」「ムスリムエリア」など明確に境界があり、各宗教信者の住居もある程度それぞれのエリアに集約されている。

こうした複雑な民族構成、宗教区分、社会階層などは、現在のスリランカの治安にとって大きなリスクであるが、源流をたどると、民族は宗教の分類であり、社会的地位の差別は民族によるものであるという関連性がある。

今回の爆弾テロ事件も、単純に宗教戦争だとか、民族抗争だと判断できない難しさがあるが、根本的には国民の「区分」とその間にある「格差」や「差別・抑圧」が原因ではないかと想像できる。

スリランカの治安リスク (国民性)

もう一つの治安リスクに、スリランカの国民性を指摘したい。

スリランカ人は親日家が多く、総じて日本に対しては好印象を持ってもらっているが、それは柔和な国民性だという意味ではない。

基本的にスリランカ人の国民性は感情的 (Emotional) である。

すぐに喧嘩をする、意見を曲げない、自己主張が激しいなど、感情が頻繁に爆発するため、どうしても他者と衝突する機会が増える。

また、スリランカは正式名称「スリランカ民主社会主義共和国」であり、今でも名門上は社会主義国家である。国家による管理統制が敷かれ、軍による治安統治が行われ、厳格なピラミッド式権力構造が維持されているため、権威主義が蔓延っている。権力者の注目を集めたり、権力者から便宜を受けるため、賄賂や汚職が当たり前のように行われており、権力上層部には拝金主義者が多い。

これは社会主義の決定的欠陥だと思うが、万人に平等と自由を与える社会主義は、それを実現するために社会を管理する必要があり、管理者と被管理者が必ず発生する。

この結果、金を持つ者と持たざる者の格差が生まれ、権力者は振り切れたほどの金持ちになり、権力を持たない者は悉く貧しくなる。これが国内の大きな貧富格差を生み、潜在的な社会不満を国民に抱かせ、時にその感情が爆発して騒動が起きる。

そのため、スリランカに住んでいる時は、数万人単位のデモ行進が頻繁に行われており (デモの自由はあるがある程度管理されている)、国民の昂った感情を吐き出す機会となっていた。

こうした感情的な国民性は、時にコントロールを失い、稀に暴力行為が発生する。

日本などではイスラム教徒は攻撃的だと考える人が多いが、スリランカでは仏教徒イスラム教徒を襲撃する事件も多発している。宗教の大きな括りだけで性格を判断するのは危険である。

治安の安全判断の難しさ

昨日の同時多発爆弾テロ事件の背景はまだ明らかになっていない。

しかし、上記のような潜在的な治安リスクを考えると、海外の組織が支援した可能性はあるが、国内の民族・宗教間の対立が根本の原因ではないかと思う。

日常的に鬱積した不満に火が点き、このような暴挙に出たと考えるのが妥当ではないだろうか。

スリランカは、比較的治安の安定した国ではあるが、こうした潜在的なリスクがある国であることはあまり知られておらず、もちろんただ観光旅行に行く人にとっては予め知ることが困難な情報ではある。

スリランカに限らず、一般に治安が安定している国・地域でも、歴史的な積み重ねでその安定がいつ崩壊するかわからない予見不能なリスクは数多く存在する。

日常的なテロ事件や暴動が発生するなど危険が顕在化している場所であれば、事前に情報を入手したり、場合によっては訪問を延期するなどの対策も可能だが、本当に怖いのは、安全だと思っていた場所で突然こうした事件が起きることである。安全だと油断して危険を感じ取る感覚が鈍くなり、突破的なトラブルへの対応も後手に回ってしまうし、緊急避難も難しくなる。

海外の安全評価で「危険」と判断することは簡単だが、実は「危険ではない」と判断することのほうがずっと難しいのである。例えば日本のように「全般的に安全である」と判断できる国はそれほど多くなく、ただ「危険が顕在化していない」という状況でしかない可能性を、頭の隅に置いて、可能な対策をイメージしておくことは決して無駄ではない。

 

今回の同時多発爆弾テロ事件によって亡くなった方のご冥福をお祈りします。