AS I WANT

様々なことを "As I Want" (私の好きなように) 考えるブログ。

Visit Japanの罠

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約1ヶ月ぶりの日本帰国である。

昨日の夜、香港から成田に到着し、リムジンバスに乗り換え、自宅に着いたのは22時を回っていた。一応、毎日最低1回はブログ投稿を続けようと思っていたが、妻と土産物のやり取りなどをしているうちに日が変わるまで30分ほどになってしまい、それからPCを立ち上げる気力を持ち合わせてはいなかった。

 

香港から成田へのフライトはANAを利用した。

ANA (NH) の子会社Air Japan (NQ) の機材と乗務員で運航するボーイング767-300の古い機材で、ANA系列の中では「ハズレ」のフライトだと個人的には感じているが、以前に比べるとサービス面では多少改善したかな、と思わなくもない。

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ANAビジネスクラス機内食


ただ、ANA便に乗る度に最近気になることがある。

国内線に当てはまるのかどうかはわからないが、搭乗直後、離陸までの間に放映される機内安全ビデオである。

最近は、多くの航空会社が機内での注意事項を乗客に観てもらうよう、その内容に工夫を凝らしている。日本では高頻度でビデオを更新して、その度に少々話題になるスターフライヤーが、海外では乗務員が全身ボディペイントで登場するニュージーランド航空などか有名である。

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最近更新されたANAの機内安全ビデオは、歌舞伎がモチーフである。歌舞伎役者が、機内で起きうるトラブルへの対処方法を、大立ち回りよろしく演技している。このようなモチーフを取り入れたのは、昨今増加を続ける訪日外国人をターゲットにしているためだろう。

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↑ これが件のANAの機内安全ビデオだが、これが個人的には分かりにくい。

いや、私は飛行機に頻繁に乗るので、機内での安全注意事項は毎回ビデオを観なくても把握しているので問題も必要もないのだが、このエンターテインメントを重視しすぎたビデオで、果たして外国人はその内容が理解できるのだろうか、という疑問が消えない。

歌舞伎、いや、KABUKIは、日本を代表する伝統芸能として、世界からも注目されているし、日本の伝統を示すという点では、非常に興味深い文化ではある。しかし、それは日本の歴史や伝統文化の紹介と、航空機の安全運航に関わる部分とは、別に考えるべきではないだろうか。

例えば冒頭のスターフライヤーの例。セクションごとに忍者 (NINJAもまた日本の代表的なイメージ) のアニメーションを用いて、コミカルにその内容を説明しているが、重要なポイント (例えば救命胴衣や酸素マスクの装着方法) は、生身の人間が実演している。

ANAのビデオの場合、木製の天袋が頭上の荷物収納を示し、黒子が座席の背を戻し、片足飛び六方 (手を大きく開いて片足で跳びながら移動する歌舞伎の仕草) で非常用ライトの点灯した通路を避難する。歌舞伎の動きや日本の文化を取り入れたうまい表現だが、これは日本の文化に詳しくない外国語には難解ではないか。

少なくとも機内に引き戸の木製収納はないし、スマホの仕様を注意する黒子もいない。ついでに言うと、通路に置かれた荷物に躓いた時と、暗闇の中非常用ライトを頼りに避難する動作が同じなのはいただけない。

 

これを私は「日本文化の押し売り」だと思っている。

日本の文化や歴史に関心があり、歌舞伎の基礎を知っている外国人には人気だろう。しかし、訪日は初めて、あるいは飛行機に乗るのも稀、という人にとっては、歌舞伎に奥深い日本文化を見出し、クスリと笑えネタだと感じることはできないだろう。あくまで、「日本人が思う外国人の好きそうな日本」のイメージでしかなく、安全や生命に関わる重要事項の説明を、高尚すぎて伝わらない作品にしてしまったのは、ANAが自身のマーケットを理解していないからであろう。

今、東南アジアに広い路線ネットワークを持つANAのマーケットは、大きく分けて2つである。1つは、訪日客向けの路線で日本が目的地となるフライトである。羽田発着の国際線はまさにこの典型だ。もう1つは、成田空港でANA便同士、あるいはスターアライアンス航空会社便に乗り継ぎ、アジアと北米ルートを繋ぐトランジット需要である。

後者の場合、日本の航空会社は、航空アライアンスの中で、北米-アジア間の旅客需要のうち、日本-アジア間のフライトを担っている。アジア側からの旅客の多くは移民の里帰りだったり、親族訪問だったり、留学・研修だったりと、いろいろな目的で利用しているが、飛行機での旅行経験がほとんどない大体旅行客も多く見受けられる。

LCCは運賃は安いが、アジアと北米を繋ぐルートはほとんどないので、どうしてもレガシーキャリアを利用せざるを得ない。北米-アジアルートは、今までデルタ航空が成田空港をハブとしていたので需要の中心があったが、最近デルタ航空はハブを仁川に移転し、米国系キャリアも韓国・中国に乗り継ぎ拠点を移転している。米国系キャリアの乗り継ぎ幹線ルートが撤退した影響で、日本を乗り継ぎ地とする需要は、今や日本の大手2社が奪い合っている状況である。

 

ANAの機内安全ビデオに見るように、旅客のメインターゲットは日本人ではなく、訪日外国人になっていることが伺える。それはそれで結構だが、旅客すべてに対して分かりやすく、そして伝わるものでなくてはいけない類のものまで、Visit Japanキャンペーンの影響か、日本文化の押し売りになってしまっているのは、少々厳しい意見だが「勘違いも甚だしい」のではないか、と思う。上記の通り、旅客は訪日外国人だけではなく、ただ成田空港を経由する英語も分からない、日本に関心もない旅客がそれなりにいるからだ。

訪日客にとっても、「日本」という国のイメージが人の手によって恣意的に創り上げられた、現実とは乖離した幻想になってしまうのは、本望ではないはずだ。それは言ってみれば、東南アジアによくある、日本人観光客向けに作られた、現地人は誰も来ないのにローカル風情をうまく醸し出している観光市場のような存在だ。そんな場所を、その国のイメージだとして私たちが体験したら、それはそれで残念だと思うだろう。

今、訪日外国人が激増しており、Visit Japanキャンペーンは一見成功しているように見えるが、今は過剰に「日本のイメージ」を押し付けすぎている。日本らしさは、歌舞伎といった「見て楽しむ」伝統芸能だけではなく、誰に対しても分かりやすく丁寧な説明を行う「おもてなし」でもいいと思うのだが、どうだろうか。